エアコンの歴史

ここではエアコンの歴史を製品などとともにたどっていきます。

エアコン原理の歴史

1758年ベンジャミン・フランクリンとケンブリッジ大学で化学の教授を務めていたジョン・ハドリーは、蒸発の原理(蒸発熱)を使って物体を急速に冷却する実験を行いました。フランクリンとハドリーはアルコールなどの揮発性の高い液体の蒸発を試し、エーテルを使うと物体を氷点下にまで冷却できることを突き止めました。

1820年イギリスの科学者で発明家のマイケル・ファラデーは、圧縮により液化したアンモニアを蒸発できるようにすると、周囲の空気を冷却できることを発見しました。

1842年アメリカ合衆国フロリダの医師ジョン・ゴリーは圧縮技術を使って氷を作り、アパラチコーラの彼の病院でそれを使って、患者のために病室を冷やしました。

1851年ジョン・ゴリーが製氷機の特許を取得しました。

1902年最初の電気式エア・コンディショナーをニューヨーク州シラキュースのウィリス・キャリアが発明しました。

1950年代にアメリカでは家庭用エア・コンディショナーが爆発的に売れるようになりました。

1906年アメリカ合衆国ノースカロライナ州シャーロットのスチュアート・W・クラマーは、自身の経営する織物工場内に湿気を追加する方法を探していました。クラマーは同年出願した特許で初めて「エア・コンディショニング(空気調和)」という言葉を使いました。

初期のエア・コンディショナーや冷蔵庫は、アンモニア、クロロメタン、プロパンといった有毒または可燃性のガスを使用しており、それらが漏れ出すと死亡事故に繋がる危険性がありました。

1928年トマス・ミジリーは世界初のフロン類であるフレオンを開発しました。

この冷媒は人間には安全でしたが、後になって大気のオゾン層にとって有害だということがわかりました。「フレオン」はデュポン社の商標で、実際はクロロフルオロカーボン(CFC)、ハイドロクロロフルオロカーボン(HCFC)、ハイドロフルオロカーボン(HFC)といった物質で、商品名(R-11, R-12, R-22, R-134A)には分子構成を示す数が付けられています。住宅などの空調によく使われたものはR-22という商品名のHCFCです。

2010年までにこれらは新製品には使われなくなり、2020年には完全に使用されなくなる予定です。

1994年までアメリカでは自動車のエア・コンディショナーのほとんどがR-12を使っていましたが、R-134Aに切り替えられました。

R-11とR-12はアメリカ合衆国内では既に生産されておらず、廃棄されたエア・コンディショナーから回収したガスをきれいにしたものが売られているだけとなっています。 オゾン層に影響しないいくつかの冷媒が代替フロンとして開発されており、例えばR-410Aはブランド名 Puronで販売されている。オゾン層に悪影響を与える主な冷媒はR-22、R-11、R-123です。 ただし、R-410A冷媒などの代替フロンは地球温暖化係数が高いため、これに代わる次世代冷媒の開発が行われています。

空気調和テクノロジーにおける技術革新は現在も続き、近年ではエネルギー効率と屋内の空気質の改善が中心テーマとなっています。従来の冷媒の代替として二酸化炭素(R-744)のような自然に存在する物質も提案されています。